使わないのに捨てられない。老前整理で見つけた私の「後悔しないモノの手放し方」
自分が老いる前の健康なうちに、身の回りの持ち物を整理する「老前整理」。
片付けをしていて、使っていないけれど手放しにくいモノってたくさん出てきますよね。
私もかつては「モノが好き」で、いつでも使えるように持っていないと不安なタイプでした。
そんな私が、老前整理を通じてどのように考え、モノを手放していったかをお伝えします。
手放せない理由は人それぞれです。
「こんな考え方もあるのか」と、皆さんがモノを手放す際のヒントになれば幸いです。
手放しにくいけど手放したモノたち
「いつか使うかもしれない」と思うモノ

その「いつか」は、具体的にいつ頃でしょうか?
期限がはっきりしているなら良いのですが、
そうでなければ、その「いつか」は来ないことがほとんどです。
いつ使うかわからないモノに場所を占領されているのは、
いわば「空間の無駄遣い」。
また、手放すか迷いながらそれを目にし続けるのは、
知らず知らずのうちに心の負担になっていると感じました。
もし急に必要になっても、今は100円ショップなどで手に入る時代です。
「とりあえず100円ショップで調達し、その後も長く使うようなら、その時にお気に入りのモノを買い直せばいい」と考えたら、使っていないモノのほとんどを手放すことができました。
「手放したらもったいない」と思うモノ

「モノは持っているだけでは価値がない。使ってこそ価値がある」と言われます。
つまり、使っていないこと自体が「もったいない」ことなのです。
最近は、持っているのに使いこなせていない自分に自己嫌悪を感じることもあり、
思い切って手放した方が気持ちが楽になると思うようになりました。
また、高価だったからと何年も持ち続けても、
いざ数年後に使う時には、古ぼけていて結局新しいモノを買い直してしまうはず。
そう気づいてから、執着を手放せるようになりました。
大切な人からのプレゼント

プレゼントには贈り主の思いがこもっているため、一番手放しにくいですよね。
しかし逆の立場で考えてみました。
もし自分が贈ったモノのせいで、相手が「使っていないのに捨てられなくて困る……」と悩んでいたら、本望でしょうか。
もらったモノの扱いに困っていること自体、相手に対して申し訳ない気がしてきたのです。
贈り主の「真心」に心から感謝し、その思いをしっかり受け取ることができれば、モノ自体は感謝を込めて手放しても良いのではないか・・・
そう考えて手放しました。
思い出のモノ

「手放すと、思い出そのものが消えてしまうのではないか」という怖さがあり、
ずっと残してきました。
でも、大切なのは「今」と「これから」の自分です。
本当に大切な思い出は心の中に残っていて、
モノがなくてもその時の感触や空気感は忘れないはず。
過去のモノに囲まれて重苦しく暮らすより、
心にある思い出を大切にしたいと思うようになりました。
結局、思い出の品はすべて写真に撮ってから手放しました。
今はGoogleフォトに「思い出アルバム」を作り、写真にコメントして保存し、時々見返してます。

ぬいぐるみや人形

魂が宿っているようで、手放すのに抵抗を感じるものです。
私には50年以上持ち続けているぬいぐるみが2つあります。
これだけは手放せず、最期に棺に入れてもらうと決めています。

それ以外の比較的新しいモノは、心を鬼にして泣く泣く手放しました。
後になって「人形供養」や「寄付」という選択肢を知り、少し後悔もしました。
特に寄付なら、新しい場所で誰かに可愛がってもらえたはず。
もっと心穏やかにお別れできたかもしれません。
無理に手放す必要はない

ここまで私の経験をお伝えしてきましたが、
一番お伝えしたいのは「今、無理に手放す必要はない」ということです。
「迷う時点で不要なモノだ」という厳しい意見もありますが、
モノへの価値観は人それぞれ。
焦って手放して、後々大きな喪失感を感じてしまっては本末転倒です。
「これからどんな風に生きていきたいか」という理想を少しずつ形にする中で、
自然と不要なモノが判断できるようになるのが、一番良い方法だと思います。
老前整理を終えて

手放しにくいモノをあえて手放すことは、とても痛みを伴う作業でした。
特に、一度も使わずに手放すことになったモノには、申し訳なさで胸が痛みました。
もう二度とこんな思いはしたくありません。
これからは一つひとつのモノを吟味して迎え入れ、
大切に使い切りたいと強く思っています。
